今日のお仕事

実は昨日で全部終わらなかったので、今日も銅の加工です。
今回は非常に長いサイズの銅を加工するので、材料が入り切るようにマシニングの脇にある扉を開放して作業を行います。
なので、ドリルで穴を開けると切り屑がたまに扉から飛び出して来ます。
ちょっと危険ですが、これも仕事なので致し方ありません。
…それにしても、マシニングから外の世界に飛び出した切り屑はさぞ開放的でしょうね。
ここに来れたのはある種運命に選ばれたようなものですから。
でも、彼等は明日の朝になれば掃除されて片付けられるなど知る由も在りません。
今彼等が行った過ぎたる行為は、定められたな死そのものなのです。
人類も地球という揺り篭から飛び出した時、大いなる絶望を見出してしまうのでしょうか?
このちっぽけな切り屑と同じように…。
「おう、斎。順調か?」
「ええ、バッチリっすよ社長。出来上がるまで若干ヒマですけどね」
マシニングは見てるだけなので、色々余計な考え事をしてしまいます。
悪い癖に陥りやすいので、ちょっと困った機械ですね。


10時頃。
トイレから戻ってみると、機械にかけていた銅が大きく傷ついていました。
「…こりゃ、ドリルで銅が持ち上がったんだな」

ドリルが引き抜かれる時に切り屑が絡んでしまうと、引っかかって材料が斜めに持ち上がってしまう事があります。
この状態で加工を続けてしまうと、主軸が移動する際に持ち上がった場所にドリルの先端がぶつかってしまい、大きな傷が出来てしまうのです。
これだけ目立つ傷が出来てしまうと品物として出荷出来ないので、仕方なく博志さんに頼んで新しい材料を切ってもらいました。
とりあえず事故に近いミスなので、これは仕方在りません。
次回からちゃんと加工を見守るよう心に決め、作業を再開します。


午後になって、見知らぬお客さんがやって来ました。
やたら背が高い方で、こちらの加工に興味があるのか、近寄って来ます。
「お、銅の加工やってるね。主軸の回転速度はどれぐらいにしてる? 下穴無しで一発で空けてるの?」
…どうやら話し振りからすると、結構加工に詳しいようです。
専門用語を使っても大丈夫そうなので、その辺に気を使わずに喋る事にしました。
「主軸はアルミ加工より遅めにしてます。ドリルが銅加工用じゃないんで、磨耗が怖いですからね。穴の方は図面通りに男らしく一発で空けてますよ。あまりうるさい仕事じゃないみたいなんで」
「お、よく知ってるな。ただ穴をボルトで締めるだけだからな、寸法さえ出てりゃ大丈夫だ。後でこいつに4000アンペアの電流を流して使うんだぞ」
「へぇー…。こいつはそんな事に使われるんですか」
何だかこの方は、思った以上にこの仕事の事をよく知っているようです。
ちょっと嬉しくなったので、サービスでさっき作った銅の品物も見せてみる事にします。
「こいつはさっき加工した奴です。難しくは無かったんですが、やっぱり経験の無い材料なので、気が抜けないですね。これなんか切り屑が絡んだ所為で、ドリルが表面を引きずっちゃったんですよ」
「あー、こりゃちょっとまずいな」
「ええ。これはさすがに人様にお出しできるような物じゃないんで、作り直ししました」
「いい心がけだ。続きも頑張ってな」
「はい。ありがとうございます」
初対面でしたが、ちょっと意気投合してしてしまいました。
見知らぬ人でも褒められると悪い気はしないもので、その後はノリノリで仕事をこなします。


しばらくして、健さんがやってきました。
「そういえば、さっき社長さんと話してたけど、どうだったよ?」
「え? 社長さんですか?」
「そう、さっきのお客さん。この銅の納品先の社長さんなんだよ。知らなかったの? 良い人だったろ。あの人結構優しいんだ」
……え? あの人が社長さん?
どおりで仕事を良く知ってるわけですね。
…って言うか、オレはそんな偉い人に失礼な事を言ったり、失敗した品物を見せたりしてしまったのか!?
まるでロッキー*1みたいじゃないか!!


そんなこんなで頭が真っ白になりつつも、本日の仕事は終了しました。
世の中って、何が起こるかわからないもんですね。
ちなみにマジ話ですよ、これ。

*1:ミスターが監督した映画「銀のエンゼル」に登場する、配送トラックの運転手。苗字が「六木」だからロッキーと呼ばせているらしい。劇中ではコンビニの店長を新入りの店員と間違えてこき使ったりしていた。ちなみに演じているのはご存知「大泉洋」。はまり役でした。