だいたい決戦は金曜日

忙しい仕事にもある程度ケリをつけ、いよいよ「フライ,ダディ,フライ」の試写会の時がやって来ました。
遠藤君を途中の駅付近で捨て置いた後、映画館へと向かいます。
幸い道も混んでおらず、開場の30分前には到着出来ました。
カウンターで当選葉書を当日券に変えてもらい、受け取ります。
「…おお、ちゃんと試写会って書いてある」
本来、チケットに当日券と書いてある部分が、きちんと試写会になっていました。
それを見ると、長年の夢がついにこの手の内へ入ったのだと実感します。
…しかし、余裕を持って来過ぎた為にヒマでしょうがありません。
とりあえず上映前なので、トイレに向かいます。
用を足して手を洗っていると、何やら携帯にメールの着信が入りました。
宛名は我妻君。
どうやら彼はこの時間、仕事ではないようです。
本文を見ると、「宇宙戦争観てー!!」という熱い叫びだけが書き連ねられていました。
丁度良いので、我妻君とメールで時間を潰す事にします。


何通かメールを送ると、すぐにシアターが開く時間となりました。
最初の客が中に入った後、オレも続いて入ります。
すると…


パシャ!!


…何やらスタッフらしき人に写真を撮られてしまいました。
さすが試写会。
「これだけの人が集まりました!」的な宣伝に使うんでしょうか?
でもオレ、フラッシュにびっくりして目ぇ瞑っちゃいましたけど…。
ま、向こうが勝手に撮ったんだから知ったこっちゃありません。
無視してずんずん奥へ進みます。
「うぉっ、明るい…」
シアター内部は普段と違い全ての電気が点灯していて、倍は明るくなっていました。
このような光景は、この劇場に来るようになってから初めて目の当たりにします。
更に最前列のスペースには何やら拡声器らしきものが置いてあります。
…一体何が始まるというんでしょうか。
次第に緊張してきます。


座席についてから、ふと考えます。
知らぬ間に葉書が来て、写真を撮られて、異様な雰囲気が漂う劇場に通されているこの現状は、もしかしたら何か得体の知れない事をされる前段階なのではないだろうか、と。
この後、黒尽くめの男達が劇場に入ってきて、どこかへ連れ去られて実験をされるのかもしれないし、「カンパニー・マン」*1のようにいつの間にか変な機械にかけられて、記憶を操作されるのかもしれない…。
何だか今度は緊張が不安へと変貌していきます。
一応、遺書ではないですが、何かが起きた事を考慮して、我妻君へ現状をメールしておきます。
すると…


「写真を撮るんだっ! って、劇場は撮影禁止だけど…」


という何だか彼らしい、とぼけた返事が返ってきました。
それを読んだら何だかこっちも気が抜けて、不安などどこかへ行ってしまいました。



10分後。
だいぶお客さんが集まって来ました。
前列から最後尾までびっしりと座席が埋まっています。
本当にずいぶんと大量のお客さんが招待されたもんだと思います。
おっさん、おばさんもいれば、おじいちゃんやおばあちゃんまで居たりしますし。
このような人達が全員試写会に応募したりするんですから、そりゃ今まで当たらなかったわけですよ。
改めてこの幸運に感謝しなくては…、と思った矢先に急に会場に声が響き渡ります。
「この度は、ミヤギテレビ特別招待試写会『フライ,ダディ,フライ』にご応募、ご来場いただき、真にありがとうございまーす!」
…どうやら主催しているテレビ局のアナウンサーのようです。
わざわざ前説の為に社員をよこすんですから、さすがです。
「このお話は、世代も環境も違う二人の男がひと夏を共に過ごして成長して行くという物語です。皆さんの心の中にもきっと何か熱い物を残してくれると思います。もし気に入られましたら、ご友人などをお誘いの上、再びご来場いただきますようよろしくお願いしたしまーす!」
と、口上が終わった途端に劇場は暗くなり、予告など一切無しでいきなり本編がスタートします。
本当に試写会というものは新鮮でなりません。


物語は主人公の「鈴木」が、傍若無人な国会議員の息子「石原」に娘を殴りつけられる事から始まります。
石原は金と権力に物を言わせて教師達に事件の揉み消しをさせようとし、まったく反省の色がありません。
一方、娘は顔にも心にも深い傷を負い、心を閉ざしてしまいます。
怒りに震える鈴木は包丁を持って石原のいる学校へと乗り込みますが、校門で別の高校生にあっさり返り討ちにされしまい、気絶。
彼の凶行は何の被害も出す事無く潰えてしまいました。
目が覚めると鈴木は学校の一室に運び込まれており、そこで生徒達にこの学校が石原のいる学校とは別の学校だと教えられます。
鈴木の事情を聞いた学生達は「自らを鍛え、石原と決闘をして娘さんの笑顔を取り戻さないか」と彼に持ちかけ、トレーナー役に鈴木を校門で返り討ちにした男「スンシン」を紹介。
悩んだ末にこの申し出に乗った鈴木は、スンシンと大切なものを取り戻すための夏休みを過ごす事になります…。


全く期待していなかったんですが、思いっきりしてやられました。
めちゃくちゃ面白いですよ、これ!!
鈴木もスンシンも高校生もバスの乗客もみんな良い味出しまくりで、これだけでも楽しいです。
その上に特訓のドラマと、心の交流が上乗せされて倍率ドン。
熱い熱い作品へと昇華されてます。
その中でも特に最後の決闘は見応えがありました。
おっさんの頑張りを知っているからこそ、石原に負けて欲しくない。
でもおっさんの実力が分からないからこそハラハラする。
あんなに映画でドキドキさせられたのって、もしかしたら初めてかもしれませんね…。
多少荒削りな感じはありましたけど、スカッと気持ち良く終わるし、熱くなれるし、文句はありません。
マジでオススメです、この映画。
観てよかったですよ…。


上映が終了した後、興奮したまま劇場を出てしまいました。
何だか熱くなりすぎて、このまま走って帰りたい衝動に駆られましたが、それをグッと押さえて車に乗り込みます。
こんな気持ちにさせてくれるんだから、映画ってやっぱり凄いですね。
貴重な体験も出来たし、大満足の一日でした。

*1:02年 ヴィンチェンゾ・ナタリ監督作品。ふとした事から産業スパイとなったサラリーマンが、自分が洗脳を受けていた事を知った事から、陰謀へと巻き込まれてゆくお話。