オレと社長と、後輩とオレと

仕事が始まってすぐ、社長に外に呼び出されました。
何だろうと思ってみたら、会社の周囲に植えてある木についてのお話をし始めたんです。
「こいつはオレがここに会社を建てた頃に植えたんだ。オレが自分で好きなように枝を切って、信念を持ってここまで育てたんだぞ」
そう言って誇らしげに植木をオレに見せてきます。
改めてその木を見た時、オレは入社した日にこの木の前に車を止めて会社の扉へ向かった事を思い出しました。
そしてそれを皮切りに、これまでの記憶を色々と思い出してみました。


オレはどちらかと言うと、親に甘やかされて育って来た方です。
初めて短期のバイトをした場所も、3年間仕事し続けた靴屋も、みんな母親のコネで入った場所でした。
だから常に親が守ってくれる安心感からか、本気で仕事にのめり込むということが出来ずに、どこかダラダラと与えられた業務をこなして糧を得てしまっていました。
しかし専門学校の卒業をきっかけに、オレの人生は一変します。
学校の紹介で面接を受けて入ったこの会社では、親の助けなど絶対に得られません。
甘えきっていたオレは仕事もろくにこなせず、覚えられず、1年もの間ミスを繰り返し続けて先輩達の足を引っ張り、とうとう呆れられて誰にも見向きもされなくなってしまいました。
そんな折に当時付き合っていた女性にも振られ、心の支えを全て失ったオレは完全に打ちのめされてしまったんです。
しかし、こんな事で親に泣きつくわけにはいかない。
いくら辛いからと言ってここで会社を辞めてしまっては、今後運良く別な会社に就職出来たとしても同じ事を繰り返すことになるだけでしょう。
そう思い、オレは初めて誰の力も借りずに立ち上がり、仕事に打ち込みました。
そして1年間で得たノウハウをそこから初めて生かせるようになり、徐々に課長や先輩達からも信頼を得られるようになって行ったんです。


そんな頃にオレに後輩が出来ました。
名前は鎌田さんという方で、歳はオレより5つほど上だったんです。
彼はコンピューターの知識が豊富で、そこを買われて会社に入ってきたようなんですが、僅か3ヶ月ほどでウチをクビになってしまいました。
理由は加工の仕事が全く出来ないからです。
どんなに教えてやってもさっぱり仕事を覚える気配は無いし、何度も同じミスを繰り返す。
おまけに反省の色も無く、ただヘラヘラ笑ってばかりいる。
怒った社長は会社から鎌田さんを追い出してしまったんですね。
彼に辟易していた会社の皆さんも、悩みの種が無くなって内心ホッとしていたようですが、オレにはどうしてもそうは感じる事が出来ませんでした。
理由は鎌田さんが、入社したてのオレと重なって見えていたからです。
失敗続きの彼に昔の自分を見ていたオレは、彼に根気よく仕事を教えることで、昔の自分を救っているような気になっていました。
だからクビになってしまった彼は、自分のもう1つの可能性に思えてしまったんです。
今でも加工の手が止まるときにふと思います。
「オレと鎌田さんの何が違っていたんだろう」と。
社長は3ヶ月で彼を見限りましたが、オレは1年もの間成長を見守ってくれました。
本当にどうしてあの時社長が、オレをここに雇い続けてくれていたのか不思議でなりません。
社長の信念がオレに何を見出して、何を求めてくれているのかも分かりません。
でもオレは鎌田さんの分まで頑張り、社長の恩に報いるべきだという事だけは解っています。
今は更に後輩が二人も増え、オレも本格的にみんなのお手本となる時がやってきています。
社長がこの木の話をオレにしたのは、改めて自分の存在を思い起こさせる為だったのかもしれません。


まだまだ会社の為に精進しないと、と思った朝の出来事でした。