1周年記念「不死身の漢物語」再掲載

折角ですから、むかーし書いた長文でも再掲載したいと思います。
ちなみに今から言っておきますが、これはブログに書くのが間違っていると思うほどに長いです。
途中で気分が悪くなったら無理せず休むよう心がけてください。
あと、これを書いたのは高校を卒業してすぐ位ですから、現在よりももっと文章が稚拙です。
どうかその辺も考慮してご覧になってください。


それでは参りましょうか。

ノーマルデイズ外伝 不死身の漢(おとこ)物語

あれは遡ること7年ぐらい前。
オレが小学校6年生だったときのことです。
当時からオレは不幸でした。
自転車で出かければどぶにはまり、夜に腹を壊して起きると酔ったじいちゃんがトイレの中で寝てたり、小4の始業式の日に友達と寄り道をしてみれば猛犬に襲われて5針も縫い、曾じいちゃんが亡くなって葬式が終わった後に使われていた部屋を貰い、その日に布団を敷いて寝てみたら間違って北枕。
当時やっていた「とってもラッキーマンの追手内洋一に子供ながら強い親近感を感じていたものです。


そんなオレに最も不幸な事件が襲ったのは、春の日差しうららかな季節。
この日は親父の姉の子供達…、つまり従兄弟が遊びに来ていました。
仲の良かったオレ達は早速二人の従兄弟と、友人のトッちゃんに借りていたがんばれゴエモン2」で遊び始めました。
しかし、あのゲームは最大2人プレイ。
3人では一人余ってしまいます。
なので、一度キャラクターが死んだら交代という方式でゲームをすることになりました。


自機が死んで、従兄弟に交代。
…しばらくの間は何もすることがなくなってしまいました。
仕方ないので、隣の部屋で遊ぶ弟達のところへ行ってみようと思ったのです。
部屋に入ると、何が楽しいのか、弟達はオレの押入れから布団を引っ張り出して遊んでいました。
まぁ、当時コウヘイは9歳。
ミーに至っては6歳。
はとぽっぽ体操踊ってる幼稚園児とさほど変わりません。
仕方ないな、とそれだけ思ってテレビのスイッチをつけ、それに見入ることにしました。


5分ほどすると、ゲームで遊んでいた部屋からオレを呼ぶ声が。
「ユウちゃーん! 交代だよー!!」
どうやら誰かが負けたらしい。
おそらくゴエモンインパクト戦で負けたのだろう。
待っていろ、オレが敵を討ってやる!
すっくと立ち上がり、ダッシュでみんなの待つゲーム部屋に向かおうとしたそのとき…


ガッ!


何かがつま先に引っかかったのです。
その『何か』とは、先ほど弟達が引っ張り出していた布団。
しまった…!!
そう思う暇も無く体はバランスを崩し、ダッシュの慣性のまま目の前のタンスに突っ込み…

 

バキンッ!!!

 

見事に突き出していた膝を強打してしまいました。
ええ、もちろんタンスのにですとも。
忘れるモンですか。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


思いっきりのた打ち回るオレ。
すると、みんな心配そうなこちらに駆け寄ってきました。
…ええい、テメェ等の所為でこうなったんじゃい。
寄るなガキども!

と、内心そう思いましたが、まぁこの状態じゃ突発的にそう思っても仕方なかったでしょう。
今でもそう思います。


しばらくすると痛みも引き、まともに歩けるようになりました。
まぁ、どうせぶつけただけだ。
そんなモンだろ。
中断されていたゲームを再開させるため、再び部屋に向かって歩き出したのですが…

 


これが不幸の道への第一歩でもあったのです。

 


1週間後。
毎朝学校で恒例の「朝のマラソン」をこなし、体育で跳び箱6段を軽くクリア。
家に帰ればランドセルを放っぽり出して、すぐに自転車で出かけて行く。
そんな日々を送っていました。
何の変哲も無い平和で穏やかな日々。
しかしそれも『ある部分を残して』は、なのですが…。
そのある部分とは例のぶつけた膝。
何故かあれから1週間も経っているのに、黒血が引かないのです。
痛みは無い。
でも、気になる。
ということで保健室に行き、先生にそのことを相談してみました。


「病院に行きなさい(0.5秒)」


即答でした。
ですが、そんな人生になれていたのか、オレはそれを重く受け止め、母親と共に外科へ行ったのです。
「痛みはあるかい?」
「いいえ」
「いつからこの状態なの?」
「1週間前です」
ちゃんとした先生に診てもらうと、こんな答えが返ってきました。


「…それじゃ、レントゲン撮って見ましょうか」


レントゲン!?
少しはビビッたものの、やはり中身は子供。
初めてのことに少々興奮気味。
X線室に連れて行かれ、体を拘束されて壁から動けなくされます。
ここまでやらされればさすがに当時のオレ(12歳)でも「SM?」と思ってしまいました。
そんな不思議な気持ちで写真を撮影されてから、待つこと数分。
診察室から看護婦さんが慌ててオレと母親を呼びに来ました。
「斎さん! こっちへどうぞ!!」
待合室はかなり混雑していたにも関わらず、順番無視で中に通されるオレ。
…一体何が?
さすがにビビってきました。
妙に足に気を使われながら、先生の前に座らせられると、衝撃の事実を告げられます。

 

 

 

「半月板が割れていました」

 

 

…マジで!?
写真を見ると、オレの膝にはくっきり黒い縦線が。
…間違いない。
骨折してる。
その直後、有無を言わさず看護婦に引っ張られて手術室に。
「いまからギプスを巻きますから、動かないでね」
…な、何だかとんでもないことになってきた。
隣の診察室では何やら母親が先生と話している。

 

「何で1週間も放っておいたんですか!?」


「わ、私も知らなかったんです!!」

 

…すまん、お母さん。
みんなオレが悪いんだ。
毎朝マラソンして、跳び箱6段跳んで、自転車で毎日隣町まで行って…
それなのに1週間も痛くなかったオレの足が悪いんだよ。


ギプスも巻き終わり、説教も終わって手術室に先生が入ってくると…
「1週間絶対安静だよ。いいね!?」
と、罵声を一言。
うわ、怒ってる怒ってる。
松葉杖をよこされ、言われるがままに病室へ連れては行かれましたが、あまりの事にオレも母親も唖然呆然。
「…とりあえず、着替えのパジャマとか持ってくるから」
母親のその一言で、ようやく自分に起きている状態を把握できました。


…つまり、入院!?


先生の言うことを鵜呑みにすれば、1週間はここに居なければなりません。
そ、そんな!
まだゴエモン全クリしてないのに!!

…真っ先に思いつくことがこれだから、足に痛みも回らんのでしょうな。


多少冷静になってくると、ここが相部屋だと気づきます。
隣のベッドには顔にかさぶたを作った老人が。
「こんにちは」
「こんにちは…」
一応、挨拶をする。
…これから長いこと共同生活を送らなければならない相手だ。
これぐらいはしなければ。
「ボク、何で入院したんだい?」
老人が真っ先に聞いてきたのはそれだった。
「…ひ、膝を割ったんです」
改めて言うと、すごいケガだな…。
まあいい。
それより今度はこっちの番だ。
「おじいさんは何で入院したんですか?」
今の台詞、会話のキャッチボールとしても、ごく自然な返しだったろう。
ニコニコ顔で返答を待つオレに、老人が一言。


「車に引きずられたんだよ」


か、会話のボールをバットで打ち返しやがった!!
反則だ!
それは無いだろ!?
だが、そんな思いを他所に老人は会話を続ける。
「10メートルぐらい引きずられてね。そこでやっと運転手さんに気づいてもらえたんだ」
…い、一体この老人に何が!?
「た、大変でしたね…」
もう少し聞きたかったが、初対面なので深入りはよしておいた。
この当時をしたためている今にして思えば、聞いておけば良かったと悔やむばかりである。


次の日、あまりに急な入院だったので、血相を変えてばあちゃん(当時は痴呆症ではなかった)が母親と共にお見舞いに来てくれた。
「ユウちゃん大丈夫〜? 痛くない?」
「ああ。ぜんぜん痛くないよ」
まぁ、1週間も気づかないぐらいだったからな…。
でも少しぐらい痛くても良いものを、何故にこれほどまでに麻酔が効いたように痛みが無いんだ?
そんなことをわずかに考えながら話を続けていると、例の老人が割り込んできた。


「いやぁ、お宅の息子さん子供なのにしっかりしてるねぇ。将来絶対に出世するよ」
「まあ、ありがとうございます」


自慢気に老人に挨拶をする母。
良い子だと褒めちぎる老人。


すまない二人とも。
その子の将来は数学20点で、たまに残尿感を感じる男になる。

 


入院3日目。
今日は授業参観日だ。
それなのにオレは一人、病室で横たわっている。
母親は今ごろ学校に着ていくはずだった服をたたみながら、オレの帰りを待っていることだろう。
入院生活はまだあと4日。
子供の自分には長すぎる…。
そんな折、先生が容態を診に病室へ現れた。
オレの足を診て先生が一言。


「…う〜ん。これはもう退院してもいいなぁ」


はぁ!?
アンタつい3日前、1週間絶対安静って怒鳴ったじゃないですか!!

「う〜ん…」
唸り声を上げたまま先生は部屋から出て行ったが、オレは去り際にこちらに向けた


1週間で何でここまで!?


という『不可思議と畏怖を込めた瞳』を見逃さなかった。
…それって、オレが化け物に見えるって事?
一応言っておくが、オレはヨハンじゃないぞ!!
「よかったねぇ。ほら、これはお祝いだよ。飲みなさい」
隣で話を聞いていた老人が、ジュースを差し出してくれた。
何だかんだ言ってきたが、不幸な事件は友を呼ぶのか、オレと老人は結構仲良くなっていた。
それか、ばあちゃんと一緒に近所のばあ様方とお茶のみに付き合っていた長い経験が生かされた結果なのかもしれないが…。
「これからまた寂しくなるなぁ」
何気なく言ったのだろうが、老人のその言葉はオレの胸に響いた。
3日間は短い期間だろう。
だが、入院生活の3日間となれば意外と長い。
きっとオレも寂しくなるな、思った。
まぁこの老人、小6のオレの前で平気でエロ本(しかも女性同士が抱き合っている濃い内容の奴)を見るので、距離を置けてちょっと良かったとも思ったが。


「お母さん、もう退院して良いってさ」
『はぁ!? 1週間じゃなかったの?』
公衆電話の向こうの母の声は、喜びよりも驚愕に満ちていた。
まあ当然だろう。
『じゃあ、明日迎えに行くから』
そう言われて、オレも電話を切った。

 


翌日、12時ごろに迎えが来た。
当たり前だが病院は昼食時である。
「あら、ご飯食べてたの?」
「ああ。あんまりお腹すかないんだけどね」
それ以外にも、病院の飯が不味かったという理由があったのだが。
「じゃあ、お母さん食べていい? 何も食べてないのよ」
「良いけど…」
不味くてびっくりしても知らないけどな…。
が、予想に反して母親は料理を全部平らげてしまった。
母親の口には合ったらしい。


老人に別れを済ませ、ギプスの所為で不便さを感じながらも車に乗り込み、出発。
久方ぶりに我が家に帰ってきた。
飯は美味いし、家族も居る。
おまけに風呂にも入れる(ギプスのお陰でシャワーのみだが)。
やっぱり自宅はいいもんだ。


 

そんなことをかみ締めた次の日。
登校日だ。
…はっきり言って行きたくない。
想像していただきたい。
小学校にいきなりギプスをはめた6年生が登校してくるところを。
バカみたいに目立つでしょ?
だから行きたくないのだ。


しかし、ギプスをはめた小学生が国会で足振り回して暴れたところで義務教育が覆される訳ではない。


むしろそんなことしても少年法が改正されるだけだろう。


腹をくくって行くしかない…。

 
 

家から150メートルも離れていない小学校に1台の軽自動車が止まる。
その後部座席から、松葉杖をついた小学生が颯爽と登場!

 
 

…目立つ!!
自動車での送り迎えの所為で余計に。
たった200メートル足らずの距離ぐらい、杖突いて行けるとオレは言ったのに、母親は送っていくと言って聞かなかったうえ、無理やり車に乗せて連れて行かれたのだ。
続々とこちらに浴びせられる奇異の眼差し。
ああ、恥ずかしい…。
これは一刻も早く教室に避難せねば!
そそくさと杖を突いて昇降口に向かうのだが…


「あああっ!! サイユウちゃん!! もう退院したの!?」


校庭でサッカーをしていたクラスメイト達がオレを見るや否や、こちらに走り寄って来て取り囲みやがった。
こ、これじゃあ動けん。
先ほどの大声の所為で校舎のベランダからは野次馬どもが続々と覗き込んでくるし、余計に目立つ羽目になってしまった。

 

やっとの思いで校舎に入ったのも束の間、第2の関門が待ち受けていた。
それは階段だ。
オレのクラス、6年1組は最上階の3階にある。
…遠い!
これを一段一段ギプスを引きずりながら、松葉杖抱えて上れってか?


だが、ギプスをはめた小学生が校長室で足振り回して暴れたところで、オレ専用のエレベーターが設置されるわけではない。


少年法が改正され、オレが別な病院に搬送されるだけだ。


…腹をくくって上るしかないか。

 


10分ほどかかってようやく教室にたどり着くと、クラスメイト達がオレを迎えてくれた。


「聞いたぞ、不死身の男!」
「今まで骨折1週間も放っておいたんだってな、不死身の男!」


…な、なんだそりゃ!?
不死身の男って、オレのことかぁ?
どうやら先生はオレが入院した翌日、朝の会でオレのことを全部喋ったらしい。
そう、オレはその時『不死身の男』という、名誉か不名誉かわからん称号を授けられてしまったのだ。
「でも、1週間入院じゃなかったの?」
オレの席の隣の女の子が聞いてきた。
「ああ、何か3日で良くなったらしくて…」
と、そう答えた時、『しまった!』と思った。


「す、すげぇ!!」
「無敵の男だ!」
「無敵の男!!」


なんてこった!
つい口が滑ったお陰で『無敵の男』にクラスチェンジされてしまった!
この時点でオレはガッツ兄さんや、ヴァッシュ・ザ・スタンピードと同格になったわけだ。

 


しばらくは無敵の男だの不死身の男だの言われ続けたが、人の噂は数十日まで。
ことわざ通り、次第にもとのサイユウに戻っていった。
そんなある日。
血相を変えてある男子生徒がオレのクラスに飛び込んできた。
「おい、サイユウ! 松葉杖貸せ!!」
「…は?」
まぁ、何に使うかは察しがつく。
どうせ遊び道具に使うのだろう。
今までも面白半分で貸してくれって言う奴が結構いたしな。
そう思って、オレはこれに快諾した。
別に松葉杖が無くなったからといって昔のようにサッカーが出来るわけじゃないし、机でボーっとしてれば10分の休み時間なんてあっという間に過ぎるだろう。
が、予想は思いっきり裏切られた。


「おらぁ!! てめえら覚悟しやがれェ!!」


暴力団並にどすの効いた声が廊下から響いてくる。
あの声はさっきの男子生徒のものだ。
…ま、まさか!
片足で廊下に出てみると、案の定オレの松葉杖を構えながら剣呑な雰囲気で別な生徒と対峙するさっきの男子生徒の姿が。
そう、オレの松葉杖は殴り合いの武器にされたのだ。
ちなみにアレはオレの物じゃない。
借りモンだ。
この騒ぎは先生によってすぐに沈静化されたが、とばっちりはオレにまで及んでしまった。

 


時は変わって更に数日後。
春の後半の行事といえば、半年置きにやる運動会だ。
シーズンも近づいてきたのでそろそろ練習が始まってきた。
だが、さすがに骨折しているんでオレは参加できない。
もともと運動嫌いのオレは休めてラッキーだとほくそえんでいた。
おまけに6年生の演技は「ソーラン節」だ。
そう、北海道の伝統的なあの「ヤーレンソーラン」の音頭である。
アレに現代的なアレンジを施して踊るのだ。
先生は……、いや、学校側は何故それを選んだのだろう?
普通運動会の徒競走や、組体操を見て、参観に来た両親は子供の成長を喜ぶ。
が、その小学校最後の大舞台に「ソーラン節」。
ヤーレンソーランと踊る我が子を見て、素直に成長を喜べるか?

 

ただ踊らされてるだけじゃないか。

 

…話はそれたが、わざわざ恥ずかしい踊りを覚えずに済むので更にラッキーだと思っていた。
が、先生はそれを許さなかった。
「斎君一人でボケーッとしてるんじゃ可哀想だから、演説台に立って掛け声やってもらおうかな?」


…はぁぁ!?


「もっと可哀想にしてどうすんだ!?」
とは先生に向かってとても言えず、泣く泣くその申し出を承諾する羽目になってしまった。
具体的に何をするかというと、小学校最高学年6年生の演技を期待する大観衆の中、お立ち台に立って…

 
「おお〜い!! 魚が来たぞ〜!! 船を出せェ〜〜!」
 

と、マイクで叫ぶのだ。
これはきつい。
ある意味クワトロが演説台に立ち、
自分が赤い彗星だったと告白するよりもきつい。


だが、掛け声はこれだけでは終わらない。
演技終了後、6年生のソーラン節で引いた大観衆の中、お立ち台に再び登り…


「おお〜い!! 大漁だぞ〜!! 港に帰るぞォ〜〜!」
 

と、止めを刺すのだ。
なんて役回りだ。
学校側はオレに運動会でピエロを演じろというのか?
お父さんとお母さんは僕の晴れ姿を見て、何を思うだろう?
父親ではないので良く解らんが、何か先生方に我が子を汚されたという気分になるに違いない。
 

生徒全員、一通り振り付けを覚え、通しで練習する時にとうとうオレの出番がやってきた。
「斎君、主役なんだから気合入れてね」
「…はぁ」
『何が主役だ』という思いで胸が一杯だ。
無論、気合なんて入るわけない。


「お、おお〜い! さかなががきたぞぉ〜! ふねをだせぇぇ〜!」


こんな程度の掛け声しか出来なかった。
くすくすと響く笑い声。
その後、何事も無かったように踊りだすその他の生徒。
くそっ!!
今へっぽこに踊ってる貴様等の方が、よっぽど無様じゃわい!

内心そう思いつつ、練習は終了する。

 


本番の日。
誰に吹き込まれたか主役という間違った情報で期待する両親に見送られながら、学校に向かう。(この日は車で来る父兄も多いため、送られずに自力で登校した)


空は晴天日本晴れ。
絶好の運動会日和。
我が子の活躍の期待も手伝い、更にウキウキ顔の父兄達。


だが、それに反して今にも土砂降りになりそうなオレのロンリーハート


…なんでこんなについてねぇんだ?
 

今のオレの声が過去の僕に届くわけないが、一応言っておく。


君は後にそのついてなさを武器に
インターネットで日記を書き始めるよ。

 



プログラムは進んで、とうとうオレ達6年生の出番となった。
『プログラムには必要無い。消えろイレギュラー!!』
ナインボール並に叫びたいが、そうもいかない。

 

ナンデコンナ…

 

先生に連れられ、お立ち台へスタンバイ。
生徒はみんな入場門でセットアップ完了。

 

ツイテネェンダ?

 

オレの肩を叩き、激励の言葉をかけようとする先生を見て思う。

 

『来るな!! 今お前に触れられたら、今お前に肩を掴まれたら、オレは二度とお前を…』

 

がしっ!


「がんばってね!」

 

 

そのとき、オレの中で何かがぷつりと切れた。

 

 

…やってやろうじゃねぇか、畜生!!


登壇し、マイクに向かって叫ぶ!

 


「うおおおおおおおおおおぃ!!!


魚が来たぞォォォォォォォォォ!!


船を出せェェぇぇぇぁぁっっ!!!」

 
 

 

 


……………………………。

 

 

 


…やっちまった。
思わず怒りの捌け口をここにしてしまった。
オレはついてなさに負けて、結局舞台まで台無しにしてしまったのだ。
もうだめだ…。
オレは……負け犬だ。
とぼとぼと降壇するオレに、再び先生が声をかけてきた。
「すごいじゃない斎君! 今までで一番良かったよ!」
「……は?」
振り返ってよく見てみると、生徒たちはいつもより気合の入った演技を見せている。
そう。
オレの怒りはマイクを通してみんなの気合を奮い立たせるという結果をもたらしてしまったのだった。
なんて人生だ…!
この時、オレは医者をも震え上がらせるヨハンから、外科部長に昇進したテンマとなってしまったのだ。
悪いことはそう長く続かない。
オレの不運はここまでだったんだ。
心にも希望の光が差す。
調子付いたオレは止めの掛け声も大声でしめ、運動会を大成功で終わらせた。

 
 

その後、思っていた通り何の不運も無く時は流れ、ギプスをはずす1週間前となった。
もう難関は切り抜けた。
そう安心しきっていたオレを
絶望のズンドコに叩き落すある事件が襲った。




忘れもしない。
あの日は多くの先生が出張で、1日自習だった。
課題の算数のテストを終え、俄かにざわめきだす教室内。
そして、この授業時間が終わる。
テストを提出して開放されたオレは立ち上がり、松葉杖をついて教室内を歩いていた。
が、そのとき!


ズルッ!


次の瞬間、唐突に杖が滑った。
無論、声も出ないままオレも倒れ…


バキンッ!!


ものすごい音がギプスから響いた。
…ま、まさか……!!
不安が頭を過ぎる。
「だ、大丈夫かサイユウ!?」
「しっかりしろぉ!」

友人達に助け起こされると、ギプスに違和感を感じた。
カパカパ動くのだ。
不安は現実のものとなった。


はずす1週間前だというのに、ギプスが割れてしまったのである!


で、でも何で杖が滑ったんだ!?
先端にはゴムがついてるので、簡単にすべることは無いはずだ。
不審に思い、滑った辺りの床を見回してみると、すぐに原因がわかった。
テスト用紙だ。
落ちていた先ほどのテスト用紙を杖で踏んづけてしまい、滑ってコケたのだった。
杖の跡も残っている。
揺るぎようの無い証拠だ。
だが、今度はまた別な疑問が生まれる。
何で回収したはずのテスト用紙がここにあるんだ!?
いくら何でもテストだぞ。
床に落ちているなんてあり得ない。
…まぁ、いい。
いったい誰のか名前を見てみよう。
ええと「タマミ」…

 

謎は全て解けた!!
名前を見ただけで、何故ここにテスト用紙があったのかまで全てわかった。

 

ではご説明しましょう。
このタマミという女子、いわゆるいじめられっこだ。
だが、彼女がいじめられるのにもそれなりに理由がある。
何故ならこいつはとんでもない怠け者なのだ。
当時毎日出されていた「漢字書き取り10文字」という簡単な宿題があったのだが、これには1回サボるたびに倍の量を書かなければならないというペナルティが付いていた。
つまり、1回サボると20文字、2回サボると40文字、3回目は80文字……という具合である。
誰しもがこの宿題の陰に潜む部分に恐怖し、たった10文字の書き取りを日々こなしていたのだが、彼女は違った。




何と当時の時点でペナルティ1000文字オーバー。


おまけに反省の色無し。


しかも、性格もかなり変。


終いにゃオレよりもついてないので、
今回のように周りにかかる迷惑は半端じゃない。


 

こうなれば未熟な小学生達の格好の的だ。
無視はもちろん、日々ドッジボールで狙われつづけたりして、学級会で「何故タマミさんをいじめるのか」という議題にされたりもした。
そんな彼女がとうとうテストの提出までサボったのだ。
いや、彼女だったからこそあり得たのかもしれない。


全ては一本に繋がった。
オレを囲んでいたクラスメイト達もその名を見て動き出す。


「うぉらぁ!! タマミ、何処にいるんじゃァァ!!」


「サイユウちゃん、保健室行こう。肩に掴まって」

 

怒りに身を任せ、罰を与えるべく現れた制裁部隊。
オレを気遣い、やさしく輸送する医療班。


思想は違えど、今オレとタマミを中心に6年1組がひとつとなった。

 

保健室に到着し、早速先生に足の様子を見てもらう。
すると、こんな言葉が返ってきた。


「ガムテープ持って来て!」


ええっ!?
病院に運んでくれるんじゃないの!?

…この先生、前回のことといいやる気ナッシングなんじゃ?


ズボンを下げられ、パンツ丸出しで応急処置をさせられる。
何これ?
拷問か何か?
「はい、これで終わり。今日はこれで良いけど、帰ったらすぐに病院行ってね」
さらりと先生は言い放つが、そんなこと当たり前だ。
つうか、早退させろ!


友人の手を借り、再び3階の教室に戻ってきた。
教室では制裁部隊によって生け捕りにされたタマミが、逃げられないようにクラス全員に囲まれている。
それどころか、同じく担任が出張中の2組の生徒まで大量に混じっている。
こいつがどれほど嫌われていたか、この時よ〜く解った。
「おら、タマミ! サイユウに謝れ!!」
…何だか妙に偉くなった気分だ。
ごめんなさいを連発する彼女を見て「ギプスで蹴り倒したろか!!」と思ったものの、寛大な心で「解れば良いよ。これからはちゃんとしろよ」とだけ言って、オレはくるりと背を向けた。
制裁部隊は2組どころか3組の精鋭も含めた処刑部隊も用意していたため、「これで良いのかよ!?」と詰め寄って来たりしたが、人間として間違った選択はしていなかったと思っている。


 

ちなみに「これからはちゃんとしろ」と言ってやったものの、
あれからタマミは
依然として宿題をやってくる気配など無く、
ペナルティは減るどころか増え続け、
結局卒業して逃げ切ってしまった。


今思えば、やっぱ愛の鞭と称して1発蹴り入れてやっても撥は当たらなかったかもしれない。

 
 

学校史上最大の事件と共に1日が終わり、オレはすぐ迎えの車が待つ駐車場に向かった。
車に乗り込むと、運転手の母親に向かって「ギプスが割れた」事を伝える。
すると…


「ええっ!? ちょっと、もうギプスはずす1週間前でしょ? あんた何処までついてないの!?」


と言い放った。
悪かったな。
けど、そういう星の元に産んだのはアンタなんだが。


しかたないので、帰る足でそのまま病院へ向かうことになった。
流れる景色を見つめている時は、これから自分がどうなるのか不安で仕方なかった。
またギプスを巻かれ、はずす時間を先延ばしにされるのだろうか?
いや、一度真っ二つに割れた場所だ。
最悪の場合、衝撃でまた膝に黒い縦線が入ってるかもしれない。
痛みが全く無い分、恐ろしくなる。
…どうなるんだ、一体?

 

病院で診察を受けているとき、先生に事情を説明する。
いくらなんでも厚いギプスの下の事なんざ、傍から見ただけではわからないらしく、一度はずしてからレントゲンを撮ってみることになった。
例の手術台に寝かされ、しばし待つ。
「お待たせしましたー」
隣の部屋から戻ってきた看護婦さんが持っていたのは、なんとじいちゃんが鉄パイプを切断する時に使う「グラインダ」に似た機械。
…ま、まさかアレでギプスを切るって言うんじゃ?
「今からギプスを切りますから、動かないでくださいねェ」
や、やっぱりぃ!?
こちらの内心を察したのか、有無を言わさず看護婦さんはグラインダにスイッチを入れる。


ギュイィィィィィィィィィンッ!


禍禍しい音を立てて、グラインダを持ったナースが近づいてくる。
ス、ス、スプラッタだ…!
あんなんでギプス切られたら、肉まで巻き込むに決まってる!!
しかし、考えても時間が止まるわけなどない。
回転する刃はギプスに宛がわれ…

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッゥ!!」

 

熱い衝撃が太ももに走り、間違いなく足を切られた!
…と思ったのだが、どうやら違うらしかった。
熱さはただの摩擦熱で、それを痛みと誤認したらしい。


そのまま切断は終了し、オレの足は1ヶ月に及ぶギプスの戒めから開放された。
久々に再開した右足は酷く脛毛が濃くなっていた。
どうやら毛も熱気を帯びつづけると成長が早くなるらしい。
つまり、ギプスはビニールハウスの役目をしていたわけだ。
…要らん知識だけど。
それにしても恐ろしい体験だった。
人生の恐怖ベスト10に堂々第1位でランクインしたな。
黒柳徹子が笑顔でゲストのグラインダ看護婦を迎え入れてるのが想像できる。


手術台から降りようとしたが、何故かギプスを外した足が動かなかった。
これについても理由を説明すると長くなるが、これは関節というものが放って置くとくっ付くという現象によるものである。
例えば長時間読書をした後、首を回すとバキバキ鳴ったりする。
これがそうだ。
骨がちょっとくっ付いてしまった関節を曲げたために、バキッと音が鳴ったわけである。
これを1ヶ月も放っておいた時を想像して欲しい。
関節なんて無いに等しいほど固まってしまうのだ。
よって、曲げるためのリハビリが必要となり、その間まだ松葉杖も手放せない。
何にせよ、外したとしても不自由な生活はまだ終わらないわけだ。
とりあえず看護婦さんに着いて行き、X線室へ向かう。
例のごとく拘束されて写真を撮られ、現像完了まで待合室で待機。
「斎サーン、どうぞー」
…いよいよ結果が出た。
オレの末路は曇りか、雨か?
どっちも嫌だけど…。
椅子に座ると、先生から運命の結果が言い渡された。

 

 

 

 

「もう治ってたんで、そのまま外してて良いですよ」

 

 

 

 

…え?
それで終わり?
じゃあギプス割られて良かったの?
ならタマミの前で偉そうにしてたオレって一体なんだったんだろう…。
まあ、いいや。
辻褄合わせてみんなには黙っておこう。

 

 

こうしてオレのギプス生活は終わった。
修学旅行にまで松葉杖を持っていく羽目になってしまったが、リハビリも無事終え、ようやく普通の生活に戻ることが出来た。
こうならないように皆さんもケガには注意しましょうね。
あと、ご迷惑かけた皆さんへ。

 

 

泣きたいこともあったけど、
オレは元気です。